貝塚と遺跡のひみつ

あなたは角間崎にある志藤沢遺跡と角間崎貝塚を知っていますか。

 

     角間崎貝塚

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これは、若美公民館の向かいの坂になっている道路(体育館に向かっていく)のと中にあります。

大昔、人間がかりをしたり魚をとって食べていた時代のあとです。その時代は「じょうもん時代」と言うそうです。

そこから出てきたものは昔使っていた土器のかけらや魚のほねや動物のほねやはまぐりなどの貝がらなどです。

今わたしたしの住んでいる所は昔は海の底で、昔の人は高いところに住んでいたようです。

 

     志藤沢遺跡

 

角間崎にある山田病院の向かいの細い道をのぼっていったところにあります。

今は草ぼうぼうになっています。そこには高さ二メートルくらいの白い標柱が立っています。

以前大学の先生たちが、そこを調べたとき、土器のかけらが魚十三箱分もあったそうです。その土器のかけらにはもみのあとがあったそうです。米は中国から日本へ伝わったものです。

この遺跡のあった時代はやよい時代で角間崎貝塚があったころより新しい人たちの生活のあとのようです。

角間崎貝塚とおなじで、今、私たちが住んでいる所、鵜木小学校のあったころも海の底で貝や魚や動物などを食べてくらしていたようです。

私は、家の近くにこんな遺跡や貝塚があったのがびっくりしました。

志藤沢遺跡には、下(土の中)に、土器のかけらや魚十三箱分の魚のほねや米が土の中にうまっていたのを知らなかったので、知ってよかったと思っています。

 

リンク

  男鹿市ホームページ  角間崎貝塚の出土品等が展示されているようです。(若美ふるさと資料館

 

地図

角間崎貝塚

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志藤沢遺跡

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